1.発端はURのつくば売り、その後のつくば市の迷走
2013年にUR都市機構は、高エネ研南側の研究施設用地を不要の土地として民間事業者に売りに出しました。つくば市は、これを総合運動公園用地として購入しましたが、住民投票の結果総合運動公園計画は撤回され、土地購入によるつくば市の財政負担が大きな問題となりました。五十嵐市長は、URへの返還交渉を公約して市長に当選しましたが、当選後にURと本気で交渉したのか否かは不明のまま、民間事業者に転売しようとしています。(「交渉はやった」と言っていますが、交渉の内容は未だに明らかにされていません。)
2.筑波研究学園都市の過去・現在・未来
そもそも、筑波研究学園都市は、東京が過密になったというよりは、東京の西部(田無市周辺)が西武鉄道で宅地化されて、地価が上がって研究施設をこれ以上拡張できなくかったから筑波山麓に移転したのです。それゆえ、個々の研究施設はそれぞれの研究施設の拡張余地を十分に見込んで広大な敷地を持っています。つくばの研究施設が豊かな緑に囲まれているのはそのためです。しかし、研究施設の集積する拠点都市の戦略と効果を考えた場合、個々の研究機関の施設用地よりも新たな研究分野のための拡張施設用地の方がより重要です。
しかし、移転を担った当時の建設省(現在の国土交通省)や住宅公団(現在のUR)には、新都市建設に心を奪われて、新しい分野を取り込んで成長を続ける科学技術の拠点都市の発想が乏しかったのかも知れません。
この点、欧米の研究施設は郊外に立地して、良い環境と共にいくらでも拡張して成長することが可能です。例えば、米国のニューヨーク郊外のロングアイランドのブルックヘブン国立研究所、英国オクスフォード近郊のハーウェル研究団地の様な、他にもたくさんありますが、良い環境と拡張可能な立地が共通する条件です。つくば市にTXが敷かれて宅地化、商業化すると、かつての西武線沿線と同じことになり、新しい研究分野はつくば市以外に造らなければならないかも知れません。そうなると、つくば市は単なる研究施設の移転先に過
ぎず、研究施設が集積した研究拠点都市としての未来は無くなります。河本哲三さんがTX沿線開発に批判的だったのはこのためだと思います。(参考;「ミスター・つくばと言われた河本哲三追悼集」)
今後、筑波研究学園都市が、「研究施設が集積した研究拠点都市」として発展する可能性を残すには、高エネ研南用地の様に、研究計画の変更等により当面空いた用地を、将来の新たな研究分野のための研究施設用地としてストックして置く必要があります。
しかし、現状はその逆で、URは「不要な研究施設用地」として、「一団地の官公庁施設用地(研究施設用地)」として本来は売ることの出来ない土地を、都市計画を変えてまでして誰彼かまわずに売りに出してしまったのです。幸か不幸か、つくば市が総合運動公園用地として66億円で全部の土地を買ったために、散逸することは免れましたが、現在のつくば市はURや国に対して研究施設用地として再評価を求めることはせずに、民間事業者(主として物流と不動産)に転売して、目先の経済効果(主に建設事業)を目論んでいる様です。これでは、外からも内からも研究学園都市は危機に晒されていることになります。
単なる研究機関の移転先ではなく、「研究施設が集積した研究拠点都市」の国家戦略という筑波研究学園都市の創生期の理念(有ったのだとしたら)を思い出して、都市計画の専門家とつくばの研究者はもっと声をあげるべきではないかと思います。
3.行政と都市計画の考え
「不要な土地を抱えている財政的な理由はない」
筑波研究学園都市の用地の大部分は、「一団地の官公庁施設用地」と「新住宅整備事業」による「全面買収」で、土地収用法をバックにした事実上の強制買収です。そして、道路や鉄道が出来る前の農地や平地林を坪(3.3平方メートル)あたり千円という、今から見ればタダ同然の安値で買った土地です。これを保有し続けることは、簿価会計上も時価会計上も何の問題もありません。強制買収した公有地を市場価格で売却しなければならない財政的な理由はどこにもありません。
1960年代に坪千円で強制買収された新住宅整備事業の土地は、10年も経たない1970年代には20倍の坪2万円で一般に売りに出されました。筑波
研究学園都市は、旧村部の多くは篤農家だった皆さんの無念さと諦めの上に成り立っているのです。今問題となっている高エネ研南側用地は、当時の強制買収で土地を提供させられた人たちが「国策」であると信じた「一団地の官公庁用地」です。それを50年経ったとはいえ45倍もの高値で転売したURの行為は、国民に対する背信行為であり、自ら公共の地主の地位を捨て土地ブローカーに成り下がって、後ろ盾の国の信用をも傷つける蛮行です。現在のつくば市もURとまともな交渉(五十嵐市長の選挙時の公約)をせずに転売して利権をバラまこうとしていますが、これは市民・国民に対する裏切り行為です。当時の篤農家だった方々の多くは既に鬼籍に入られていますが、現在の「筑波研究学園都市のつくば売り」の現状を知ったら何と思うでしょうか。
「市場原理に反する」
市場原理が有効に機能するのは、「流動性」「互換性」「選択性」「可逆性」がある場合です。都市計画を考えた場合、いったん造った街を造り換えるのは容易ではなく、資産としての流動性も乏しく、都市間の住み替えには大きな犠牲を伴います。それゆえ、長期的な公共の福祉の実現のために長期的な計画を立てるのが都市計画のはずです。そこに「市場原理」を持ち出すこと自体、都市計画の否定に他ならないと思います。
都市計画において先を見越すことは常に難しく、歴史や文化も含めた高度に専門的な知識が必要とされ、何よりも専門家同士の議論を通して見落としのない判断が求められます。
筑波研究学園都市の計画では、革新的な思想や斬新なアイディアは随所に見られますが、専門家同士の議論が足りなかったのではないでしょうか。それは、現在の中心市街地のリニューアル計画にも言えることで、中途半端な市場原理による安易な民間資本の導入には慎重であるべきです。
「筑波研究学園都市は国に頼らずに自立すべきだ」
研究学園都市を旗印に、幹線道路を整備し、鉄道で東京都心と直結したつくば市は、幹線道路沿いのロードサイド店舗の街、東京のベッドタウンとして、経済的にはいくらでも自立して行くことができます。しかし、それで本当によいのでしょうか? これまで筑波研究学園都市に巨額の国費が投じられてきた目的は、研究施設が集積した研究拠点都市の建設と育成でした。問題は筑波研究学園都市が国に頼るか否かではなく、国が筑波研究学園都市を活用して、科学技術に関する国家戦略をどの様に組み立てて行くかです。
4.研究施設用地の売却は国益を損ねる
高エネ研南側用地の売却問題」は、末端のUR職員が、国益を考えずに、目先の組織欲(財政改善)の点数稼ぎのためにやったことです。これによって、つくば研究学園都市に新たな研究施設を造れない状況になると、当初から筑波研究学園都市が目指した「研究施設が集積した研究拠点都市」の未来は無くなります。これは、将来の対中国の国家戦略を考えた場合、国益上の大きな損失になります。つくば市が国に事情を話して理解を求めれば、国の中枢は分かってくれる(66億円の土地代金は国が返す)と思いますが、国がそれを分からずに「つくば売りによって科学技術の拠点都市の国家戦略を放棄してもよい」とするなら、遠からず日本も現在の中国と同じ様な権威主義が横行し、自由も民主主義も失われてしまう恐れがあると思いますが杞憂でしょうか?
「中国とは経済でだけ付き合えばよい」などというのは甘い考えです。鄧小平の時代に香港を経済特区として活用しようとしたが、中国の経済圏の中に自由と民主主義の体制の存在を許せば、それが自らの専制政治の体制を揺るがすことに気づき、習近平は香港の自由と民主主義を弾圧し、同じ民主主義の体制の台湾に軍事進攻も辞さない圧力をかけています。日本が独自の科学技術の国家戦略を捨てて、科学技術の面でも中国と対等に渡り合うことが出来なくなれば、尖閣諸島や沖縄の問題をめぐって、いずれは香港や台湾と同じ様な危機に晒される恐れがあります。
経済規模や軍事力では対抗できなくても、自由と民主主義を基盤としている科学技術では負けないし、負けられないと思います。かつてのソ連の様な独裁国の科学技術は、宇宙技術の様な軍事関連の科学技術では一時期突出した成果を上げることはあっても、地球環境の問題や産業の公害に関する科学は生まれて来ませんでした。最近のコロナウイルスついても、中国が調査を拒んでいるために未だにその起源が突き止められていません。科学技術が健全な発展を遂げるには、民主主義社会の言論の自由が不可欠なのです。目先の利益(国は財政改善、つくば市は開発利権のバラ撒き)のための「つくば売り」を一刻も早く中止し、国益の観点から筑波研究学園都市を見直せば、アジアの民主主義国の研究拠点としての重要な役割と未来が見えてくるはずです。